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ドロドロの中にいた自分


最近、あまりしなくなっていたのですが、以前はよくドリーミングワークをしていました。これは、もともとオーストラリアのアボリジニが行っていた夢見の手法のアレンジです。

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何か気になる色やコトなどにフォーカスして、そこから自分の内側(ドリームの領域)の世界に入り、イメージをプロセスさせるというやり方です。

すると、表面化していなかった感情や気づいていない身体の症状に触れることができたりします。

あるときのドリーミングワーク。ふと表れたイメージでは、田んぼに入る自分がいました。でも、田植えをするわけでもなく、そのドロドロの中にいます。足は取られ、なかなか思うように動けません。座ることも前に動くこともままならない。



ちょうど、親の介護がいよいよ本格化し、当時開業していた治療院の仕事・実家のローンや雑事などがすべて重なり、ぐちゃぐちゃになっていた時でした。今では俯瞰して見ることもできるのですが、当時は「自分が頑張らなくちゃ!」と、一人勝手に背負い込んでいたのです。

なので、そのドロドロは自分の状況を表していたのだと思います。その頃よく見ていた夢も、どこか汚らしい場所だけど、自分は裸足でその場を歩かなくてはならない。それが嫌で嫌でたまらない。でも靴は見つからないし、身動きが取れない。

書いていると、当時のことを思い出しますね~~(今となっては、「よくやってたな自分!」なのですが・・・笑)



さて、田んぼのドロドロの中の私。このままではにっちもさっちも行かないと思ったので、プロセスを進行させることにしました。

ドロドロは正体不明の不安を表していたのかもしれません。このままではどうにもならないっ!!なので、思い切って、そこにどっぷり浸ってみました。すると、冷たくて重いと思っていたのが、実は案外イヤなものでなく、少し温かくて全身を包んでくれるようにも感じます。

プロセスは進み、さらにもぐって地球の中心部まで行こうと思ったら、ドロドロの部分はそんなに深いわけでもなく、その下は粘土質の土、掘らないと先に行けません。さらに奥に行くと固い岩盤に突き当たりました。



その時に気づいたのは・・・

そのドロドロは、決してイヤなものではなく、次なる実りのための準備期間であること。ただ、身動きができないほどのドロドロから、温かみのあるやさしいドロドロにするには、自分が少し身軽になる必要がある。

そして、固い岩盤は、それ以上行けない!ということかと思ったら、実は自分の内側には誰も土足で立ち入ることはできない、自分は守られている。だから安心してその状況、そして決断を受け入れて良いよ、というメッセージでした。



その頃、「何かを手放さないと自分はつぶれる。父親も実家も放せない、ならば治療院?でも信頼してくれる患者さんはいらっしゃるし、せっかく10年続けたものを、辞めて良いものか。介護にかこつけて逃げているのではないだろうか?」と思い詰めていました。

でも、そのドリーミングワークは、OKといってくれていました。そして、患者さんには大変申し訳なかったのですが、わたしは治療院を閉じることを決断したのです。

それから準備を始め、皆さまに友人の治療院をご紹介して、いよいよ父の看取りにしっかりと向き合おう、と覚悟を決め、閉院したら・・・。

数週間のうちに父もあの世へと旅立っていったのです。

最期の日に病院で、それまで閉じたままだった目をあけて、ギロ~ッとわたしをみると、また目を閉じました。その時、いつも家のベッドで夜、オムツ替えを終えて部屋を出るときに交わしていた「あばよ、千葉よ、おさらばよ!!」ということば、そして「お先に失礼、あんがとよ!」と言っていた気がしました。

本当にじいさんらしい旅立ち。。。食べるのが大好きで、でもさすがに食べても戻してしまうようになってからはあっという間でした。亡くなった夜、家に帰った父親を囲み、子どもや孫が大宴会。みんな、涙と笑いでそれこそ、ぐちゃぐちゃ。少しおかしくなっていました。でも、じいさんにしては久しぶりのビール、さぞ美味しかったことでしょう。



今日は、違うことを書こうと思っていたのに、何故かこんな展開に。。。お彼岸だし、お墓参りに行けってことかな~~~???笑












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by pikabo | 2015-03-18 06:36 | ノート
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