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テクテク歩いて行くだけ


先日、ある目標を達成したという記事を書いた。
たまには力を抜いて



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本当に自分だけの力では決してできないことで、感謝しかない。ただ、これはあくまで通過点の一つであり、その先にまだまだクリアしたいことがある。だから、うれしいのはうれしいし、素直に祝杯をあげたけれど、翌日からはまた淡々と為すべきことをやっている、という感じだ。

なぜ、そのことをやっているのか?はっきりいって、やらなくたって全然構わない。痛くも痒くもないのだ。だけど、やっている。こればっかりは、本当に自然の流れ、ご縁としか言いようがない。

なぜなら、いくつもの偶然、いわゆるシンクロが重なってしまったからね。「はいはい、わかりました。やりますよ」というのが一番しっくりくる表現かもしれない。それでもいったん決めたからには、一生懸命やる。そしてやるからには頂上からの景色を見てみたい。



実はわたしは、知らない町や路地を歩いたり、知らない人や生き物と交流するのが大好きだ。それも、どこかの有名な観光地ではなく、ただそこにある、ただそこにいる、という日常を。でも、自分の知覚にはないもの。そんなのがたまらなく好きだ。

中でも、自分の生きる場を大切にし、敬意をもって接するのに出会うと、胸がぎゅっと熱くなって、時間が止まる。それは路地裏で道行く人を和ませる盆栽の鉢だったり、家の前を掃除するおばちゃんのお尻だったり、波止場で魚のおこぼれをもらう猫だったり。。

最近はあまり行っていないが、山登りも大好きだ。きっつい登りのあと、頂上からの景色に、すべてを忘れ一体となる。



今やっていることも、それらと大して変わらない。人と関わり、その人の人生という場に少しだけお邪魔させていただく。そこは、本人にとってはあまりにも「日常」なのだけれど、わたしにはやはり未知の格別な世界である。だからこそ、日常を大切にしている人に出会うと感動するのだ。

それは、さらに、次なるひととのつながりを呼ぶ。決して出会うことのなかった人と、いとも簡単につながることができるのだ。またそれは、山の頂きにむけて少し登った、というのと同じようなものだ。一歩ずつ、違う景色をみるのだから。

だから、方法は違えど、やっぱり好きなことをやっているのだなあ、と思う。目の前の人の笑顔は、この登山にとっては何よりの栄養補給だし、頂上でのお弁当も、下山後の温泉も、待っている・・・かな?笑


このあとも、どんな人とどのようにつながり、どんな世界を見せてくれるのか。



なかなか面白いんだな~、なんか知らんけど。











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by pikabo | 2015-01-22 06:20 | ノート
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